コンド vs HDB

HDBとは?

シンガポールの事情をあまりご存じない方にはHDBというのが何かを説明しておきましょう。HDBはHousing & Development Boardの略でシンガポールの国家開発省の下部組織で、シンガポール国民が自宅所有をできるように割安な価格で分譲集合住宅を提供している組織です。日本で言えば住宅公団(現・都市再生機構)のような組織です。HDBという言葉自体はその行政機関を指しますが、通常HDBが提供している分譲集合住宅もHDBと呼ばれています。購入できるのは、シンガポール国民とPR保持者となります。PR保持者については、現在PR取得後3年経たないと購入できないとか中古市場で市場価格でしか購入できないという制約(但し配偶者が国民の場合は例外)があります。シンガポールの世帯数(政府統計は世帯は国民もしくはPR保持者が世帯主という定義ですので、外国人世帯は含みません)は約137万世帯でそのうちの79%がHDBに住んでいます。国民が持ち家を持てるようにという趣旨ですから、コンドに比べてかなり割安といえますが、購入後5年間は自分で住まなければならないという制約があります。またコンドと違いプールなどの施設はありませんが、10ブロック毎位の割合で子供の遊び場、屋外ジム器具等の施設があり、もう少し広い範囲にはバスケットボールコート、バドミントンコート等が設置されています。下の写真があるHDBから撮った写真です。

住居のタイプと居住割合

上で全世帯(国民及びPR世帯)の79%がHDBに居住していると述べましたが、それでは他の世帯はどんなところに住でいるのでしょうか?以下の表がそれを示しています。

資料元:Singapore Statistics https://www.singstat.gov.sg/modules/infographics/population

まず上記タイプの説明ですが、HDBは大きさによって1~5ルームとExecutive Apartmentというものに分かれています。必ずしも寝室数というのではなく大きさが違うということです。コンドと公称できるには土地面積や一定の建ぺい率をクリアーしなければなりません。アパートにはHDB以外の古いタイプの民間集合住宅も含まれますが、コンドと思っているものでも公にはアパートという場合があります。土地付きは一軒家になりますが、これもピンからキリまでありますがここでは説明を省きます。

まずシンガポールの世帯数(国民及びPR世帯)ですが、ご覧の様に1980年は47万世帯だったのが、2019年には137万世帯に増えています。そのうちHDBに居住する世帯数は1980年の32万世帯から108万世帯へ増えています。ただ全世帯数に対する割合でみますと2000年に88%とピークになっていますが、現在は79%です。その他コンド及びアパートに居住する世帯数は1980年には18千世帯から2019年には22万世帯へと増えています。全世帯数に対する割合が4%から16%に増加していますので、かなりコンドに住む地元民が増えているといえます。先に説明したようにここには外国人世帯は(つまり就業ビザ等にて居住している人々)は含んでいません。

所有権上の違い

HDBも分譲されているといいましたが、実際のHDB購入の時にサインする契約書はコンド等民間住宅はSale & Purchase Agreement(売買契約)ですが、HDBの場合にはLease Agreementというリース契約書になります。これに関しては以前不動産専門家からHDB住居の売買は所有権の売買ではなく賃貸ではないかとの議論がありました。HDBは以下の理由によりHDBの住居は所有権であると反論しています。

  • 99年リースというのは土地が少ないシンガポールにとっては、将来に需要に合わせて土地は再利用されなければならい為には必要不可欠なものである。
  • HDB物件所有者は物件を賃貸することが出来る。賃貸物件では転貸が出来ないのが普通である。
  • HDB物件所有者は物件の売却も可能であり、また高齢者には政府がリースを買い上げて貰い住み続けることが出来るスキームもある。
  • HDBは改修工事なども自由である。
  • HDB所有者はレント支払いの義務はない。

これに対して専門家は民間住宅とは違いが『HDBの物件所有者は土地への権利を持たない』のが大きな違いだと指摘しています。

  • コンド等の民間集合住宅の場合は、Strata Titleという区分所有権共有部分や土地への権利を含むことになります。
  • シンガポールでは99年リース権のコンドも多いですが、区分所有権はこのリース権利を含みます。
  • これに対し99年リースのHDBでは占有面積部分にしか権利が無く、共有部分や土地への権利は一切ありませんので、コンドの様にEn-bloc(古くなったコンドの区分所有者が一致してディベロッパーへコンド全体を売却すること)売却で大儲けをするということもできません。
  • HDBではEn-blocに似たSers(Selective En bloc Redevelopment Scheme)というスキームがありますが、これはあくまで政府の裁量次第でHDB所有者が自分達で決める権利はありません。
  • また2018年に政府はVERS (Voluntary En bloc Redevelopment Scheme)という新しいスキームを発表しましたが、実際に申請可能なのはリース期間が70年を経過した物件のみということですぐに対象となる物件が出てくるまでにはまだ時間がかかります。また以下に需要と供給の関係から説明しますが、HDBの今後は楽観できるような状況ではないと推測します。

HDBの需給

資料元:Singapore Department of Statistics  https://data.gov.sg/dataset/cumulative-units-completed-since-1960

上記は政府統計から取り出したデータ2009年から2018までに完成したHDBの住戸総数をもとに、各年度の供給数を試算しました。各年度によりばらつきがありますが2009年は一番少ない7,050戸、2014年と17年には3万戸を超えています。これと上述のシンガポールのHDB居住世帯数と比較して、余剰戸数を試算してみました。これで計算しますと、14万5千戸(上記表A)もの余剰戸数(12.3%)とかなり高いものとなります。ただ別の統計資料で、HDBの最低居住期間の5年を経て賃貸に出されている物件のデータ(上記表B)をみつけました。この賃貸戸数が全て外国人に賃貸されているのではなくHDB居住世帯と重複している戸数もあるのかもしれません。この辺のデータの明確な定義が示されていませんので実際の余剰戸数が(A) – (B)で算出されているものになるかは定かではありませんが、大まかにはその位と考えてよいのかと思います。この試算方法ですと、2018年のHDBの余剰戸数は88,074(余剰戸数率は7.4%)ということになります。

コンドの供給数と空室率

土地付き以外の民間住宅(コンド及びアパート)の供給戸数と空室率の統計がありましたので以下掲載します。

資料元:Singapore Department of Statistics https://www.tablebuilder.singstat.gov.sg/publicfacing/createDataTable.action?refId=15152

この統計で提供されているのは累供給戸数と空室戸数で、増加戸数は前年度との差額で計算しています。また累計の供給戸数から空き室戸数を差し引き、これから前年度の数字を差し引いて需要(戸数)増を算出してみました。これで見ると累計供給戸数は順調に伸びています。ただ各年の供給数は増減していますが、需要の増減で空き室率が10%以内で推移しています。2019年には5.7%とかなり低くなっています。以下にコンド価格と供給をグラフにしてみました。

今まで価格の大幅修正をさせた大きな要因は上のグラフ内で赤の矢印で示しました、経済危機SARSでしたが、2014年以降は政府の不動産抑制策でした。下落率はアジア通貨危機⁻41%SARS‐21%リーマンショック‐23%とかなり大きかったのですが、2014年の政府抑制策後は‐10%にとどまっています。これはシンガポールの不動産投資家が余裕があること、銀行ローン返済が出来ず手放さざるを得ないような状況になる投資家が少なくなっているのではないかと思います。また需要と供給の数値を見ても、需要供給が乖離するときがあってもその後調整されているという安定したマーケットであるということが言えると思います。この辺が新興国のマーケットと大きく違うところです。

HDB vs コンドの価格推移比較

上の表は民間のコンド及びアパートとHDBの価格の推移のグラフです。2009年第1四半期を100とした指標のグラフですので実際の価格の違いではなく、2009年のコンドとHDBの価格を起点として各々の価格ががどのように上がり下がりしているかを示しているものです。2017年迄はどちらが優位ということはありませんでしたが、2017年以降HDBの価格はコンドに比べて殆ど上昇しておりません。何故こういう状況になっているか、以下の理由が考えられます。

  • 2017年に政府はHDBは99年のリース期間終了時には、所有権は政府に移ることつまりHDB所有物件価値はゼロとなると明言しました。(Straits Times 2017年12月28日記事
  • HDBを購入できる国民とPRだけですが、国民人口は少子化により確実に減っていきます。
  • PR人口も前ページのデータで示されたように、それ程大きく増えてはおりません。
  • 国民及びPRの居住世帯のコンド居住の割合がどんどん伸びている
  • 新婚カップルが割安な新規分譲のHDBを購入する需要は無くならないので、政府は今後も新規HDB供給を続けていくであろう。
  • 2019年12月のStraits Timesの記事では、2020年度のHDB新規供給は16,000~17,000になるとしています。
  • これらから推測すると、古い余剰HDBは今後増えて行き価格の上昇は期待できないのではないかということです。

これらの要因からHDBの長期保有はお薦め出来ないということになります。